蕨菓匠 本多屋は、山口県に根ざし、100年以上の歴史を持つ和菓子の老舗です。特に、山口独自と言われるわらび粉を使った、もっちりとした食感の外郎(ういろう)が看板商品として知られています。2022年にはリブランディングを行い、伝統を守りながらも、現代の感性を取り入れた商品開発や店舗づくりに取り組んでいます。お菓子を通して、山口の美しい景色や豊かな文化を伝え、多くの人々に喜びと豊かさを届けることをミッションとして掲げています。代表取締役社長本多様からさまざまお話をお伺いしました。
<聞き手=丸山素輝(学生団体GOAT編集部)>
【本多社長の今までの経緯・背景】

私は本多屋の4代目にあたります。創業から100年以上続く会社で、初代は私の曽祖父になります。実は私には家業を継ぐ気がなく、大学卒業後は東京でサラリーマンをしていました。全く関係のない業界で、仕事をしていました。
山口に戻ってきたのは30歳の時です。先代である父が体調を崩したことがきっかけで戻りました。入社してすぐに社長になったわけではなく、社長に交代したのは36歳の時になります。それまでの約6年間は、製造や営業など様々な部署で経験を積みました。
父が65歳になり、早く引退したいと言い始めたのが引き継ぎのきっかけになります。
幼い頃から家族経営の会社でしたので、お菓子の作り方などは見て育ちました。
製造の現場も見てきましたので、その辺りのことは分かっていますが、私は菓子製造の専門家ではないので、外郎は作れますが、他の和菓子や洋菓子は作れない経営者です。
全く異なる業界から家業に戻り、慣れるまでは大変な時期もありましたが、今となっては、違う業種を経験したことが良かったと思っています。新しい視点で会社を見ることができているかもしれません。
社長として大切にしていることは二つあります。一つは、自分たちが作るお菓子、特にメインであるういろうを、もっとたくさんの人に知ってもらい、食べてもらいたいということです。美味しいお菓子なので、これを広めるのが私のミッションだと考えています。もう一つは、一緒に働く従業員が楽しく、モチベーション高く働ける環境を作ることです。これが経営者としての私の役割だと感じています。
取材担当者(丸山)の感想
創業から長い歴史を持つ会社で、社長ご自身は別の業界で経験を積んでから家業を継がれたという経緯が興味深かったです。異なる視点を持たれているからこそ、伝統を守りながらも新しい取り組みに挑戦されているのだと感じました。

取材担当者(丸山)の感想
社長として大切にされている「和菓子を広めること」と「従業員が楽しく働く環境作り」という言葉から、会社への、そして人への温かい想いが伝わってきました。

【株式会社本多屋の事業・業界について】

当社の事業内容は、和菓子の製造販売です。分類としては菓子製造という製造業になります。
販売チャネルとしては、主に三つあります。
まず直営店が山口県内に2店舗(山口駅前本店、新山口駅2階)あります。また、自社HPや楽天でのオンライン販売も行っています。そして、最も売上比率が高いのが「卸(おろし)」です。
売上の約7割が卸売で、残りの約3割が直営とオンライン販売になります。卸先は県内を中心に、土産物販売場所、高速道路のサービスエリア、ホテル・旅館、道の駅など多岐にわたります。全国的には、生協の共同購入や百貨店にも商品を置いていただいています。
最初は山口駅前の本店一店舗から始まりました。
そこから少しずつ卸売の販路を広げていきました。特に、先代である父の時にJRの駅に販売させていただいたのが、会社が大きくなる一つのきっかけとなりました。
山口駅前の本店は地元のお客様が多いですが、福岡県や広島県からのお客様もいらっしゃいます。新山口駅店は観光客が多い傾向にありますが、現状山口県全体でインバウンドが特別多いわけではありません。
山口駅前本店の工房の一部は、2022年のリブランディングに合わせて改装し、「ラボ」と呼んでいます。ここでは実際に職人がういろうを蒸す様子をご覧いただける環境を作り、蒸したてのういろうをご提供したり、手作りういろう体験を行ったりしています。ういろう体験は元々子供向けに作りましたが、山口のういろうや山口市についてのお話も加え、大人の方にも楽しんでいただけるように工夫しています。
通年で製造しているお菓子以外に、季節限定のお菓子も製造しています。そのひとつに「水無月(みなづき)」があります。これは元々京都のお菓子ですが、百貨店の催事で販売するために作り始めたのがきっかけです。
当社のういろうについてお話しすると、全国のういろうとは原料が異なります。名古屋のういろうは米粉を使うのが一般的ですが、なぜか山口のういろうはわらび粉を使用しています。全国各地にういろうはありますが、山口だけがわらび粉なんです。そのため、同じ「ういろう」でも、食べ比べてみると食感が全く違います。「水無月」も、山口のういろうと一般的な米粉のういろうの中間のような食感でお出ししており、他社の「水無月」とは少し違う味わいです。
当社の強みは、やはり創業100年以上の歴史と信頼です。和菓子屋は新しいお店が生まれにくい業界で、長く続けていること自体がお客様にとっての信頼となり、愛着に繋がっていると感じています。また、わらび粉を使った山口独自のういろうも大きな強みです。そして、地元の方々に支えられ、愛されていることも大変ありがたいです。
和菓子業界全体の課題としては、物価上昇による原材料費の高騰があります。昔に比べて手軽に買えるものではなくなってきています。和菓子は、食事に必須のものではなく、ご褒美として食べるような嗜好品です。そのため、お金を使う上での優先順位が低くなりがちな状況にあり、正直厳しい面もあります。
しかし、業界に対してそこまで悲観的になる必要はないと思っています。若い頃は洋菓子を選ぶ方が多いですが、ある程度年齢を重ねると和菓子に戻ってくる傾向があると感じています。和菓子はきっと、日本人の根底にあるものだと思います。その期待を裏切らない、ちゃんとしたものを作り続けていれば、残っていけると信じています。
和菓子と洋菓子の大きな違いは、原材料がシンプルかどうかだと思います。和菓子はシンプルで、添加物を使わなくても作れるお菓子です。洋菓子は添加物がないと作りきれないものが多くあります。原材料がシンプルであることは、体への良さにも繋がります。
例えば、船橋屋さんのくず餅は、米を発酵させたものを使っており、腸内環境に良いと言われています。お菓子でありながら、そういった自然由来で体に良いという付加価値があるのは素晴らしいと思います。
取材担当者(丸山)の感想
事業内容だけでなく、販売チャネルの変遷やターゲット層まで詳しくお伺いできて、企業理解が深まりました。特に、全国的には珍しいわらび粉を使ったういろうという点や、体験型コンテンツの取り組みは非常に魅力的だと感じました。また、和菓子業界の現状や課題、そして社長が感じている未来についてもお話しいただき、嗜好品としての和菓子の難しさとともに、日本文化としての根強さや体に良いという和菓子の本質的な価値について学ぶことができました。

【本多社長から学生へのメッセージ】

私自身が大学生だった2000年頃は「超氷河期」と呼ばれ、就職できない同級生も多くいました。とにかく採用された会社に入って頑張ろうという時代でした。今の皆さんとは全く状況が異なるので私が何か言えることは少ないかもしれません。
サラリーマンになりたての頃、営業部長から「入社したら3年間はどんな仕事でも受けてやるんだ」という新聞の切り抜きをもらったことがあります。今、それを皆さんに伝えても、価値観が違うかもしれませんね。
今の時代は、一つの会社に長く留まらず、仕事や会社を移ることも珍しくありません。それはそれで一つの価値観として間違っていないと思います。
ただ、私の経験から言うと、どんな仕事でも、そこから学ぶことは必ずあります。最初は違うな、と思いながら仕事をしていても、後になって振り返ると、あの経験があって良かった、と思えることがありました。
どんな経験にも意味があると思っています。今の皆さんの価値観に合わないかもしれませんが、何事も意味を理解した上で取り組むことが大事なのではないかと感じています。
取材担当者(丸山)の感想
本多社長ご自身の就職活動の経験と、今の学生の状況を比較しながらお話いただけたのが印象的でした。確かに、私たちの世代は働き方に対する価値観が多様化しています。しかし、「どんな仕事にも学ぶものがある」という言葉には重みがあり、変化の多い時代でも大切にしたい視点だと感じました。自身の仕事に意味を見出すことの重要性を改めて考えさせられました。

【株式会社本多屋の今後の展望】

2022年にリブランディングを行った際、「山口の景色を描く」というコンセプトを掲げました。これからも、お菓子を通して山口という地域や景色をどんどんPRしていきたいと考えています。当社は季節感を大切にし、県外のイベントなどにも積極的に出向く方だと思います。
大阪や東京といった大都市にも出ていきたいという思いはありますが、直営店を構えるのではなく、催事などで積極的に出展していきたいと考えています。
まず、多くの方に山口のういろうを知ってもらい、実際に食べてもらう機会を作ることが重要だと考えています。以前、東京で試食販売を行った際、お客様に手に取ってもらい、食べてもらうことの大切さを改めて感じました。
リブランディングでパッケージにこだわったのも、手に取っていただくチャンスを増やしたいと考えたからです。手に取ってもらい、初めて食べてもらうことで、他との違いや美味しさに気づいていただけると思っています。
取材担当者(丸山)の感想
「山口の景色を描く」というリブランディングのコンセプトが、お菓子を通じて地域貢献を目指すという会社の方向性を明確に示していると感じました。県外への積極的な展開やSNSへの取り組み、デザインの重要性に対する考え方など、伝統的な和菓子屋でありながら、常に新しい視点を取り入れ、時代に合わせて変化していこうという社長のチャレンジ精神を感じました。外部の力も積極的に活用しながら成長を目指す姿勢が伝わってきました。
