Skip to content
伝統工芸の未来を創造する3代目社長の挑戦——博多織メーカーが目指す「人が集まる工場」のビジョン

2025年12月03日

井上絹織株式会社

伝統工芸の未来を創造する3代目社長の挑戦——博多織メーカーが目指す「人が集まる工場」のビジョン

今回ご紹介するのは、1959年に祖父の代から創業された老舗の帯メーカーです。弊社は、帯を作るための糸の染色から、実際に帯が織り上がるまでを一貫して手掛ける生産体制を持つ、数少ない工場の一つです。祖父の代から60年以上にわたり、日本の和装文化を支え続けています。伝統的な博多織の技術を継承しながら、3代目である私は、業界全体が直面する課題を乗り越えるため、革新と挑戦を続けています。今回は、博多織の伝統を受け継ぎながら革新に挑む三代目社長に、ものづくりへのこだわりと、これからの帯づくり・工場づくりの展望をじっくりとお伺いしました。

<聞き手=遠藤光(学生団体GOAT編集部)>



【好きなことへの挑戦から家業継承へ——「戻れ」と導かれた直感のタイミング】

私はこの会社の3代目ですが、元々家業を継ぐつもりは全くありませんでした。親からは「好きなことをやっていいよ」とずっと言われて育ったため、家業があることは意識せず、好きなことをずっと続けていました。私は長年、水泳やバスケットボールなどスポーツに熱中していたため、大学も東京へ行き、スポーツに関わる仕事をしたいと考えていました。東京ではスポーツクラブのインストラクターとして、プールサイドのエクササイズや子供の水泳指導をするなど、自由に体を動かす仕事をしていました。着物や帯に興味を持つこともなく、継ぐつもりは元々ありませんでした。

しかし、長男ということもあり、実家や会社の状況は心のどこかで気にはなっていました。会社は祖父から父の代に変わって経営されていましたが、私がちょうど転職を考えていたタイミングで、会社がいろんなトラブルにより大変な状況になっていたのです。

その時、私は「これが戻るタイミングなのではないか」「戻れと教えてくれているのではないか」という強い直感を覚えました。私はあまり深く考えずに直感で動くタイプでこの直感は必ず意味があるメッセージだと感じました。もし会社がピンチになっていなければ、弟が会社を継ぐ流れもあったため、私はそのまま東京で好きなことを続けていたかもしれません。この直感に従い、今まで会社のことについて具体的に話したことがなかった父にすぐに電話をし、「会社を継がせてほしい」とお願いしました。父はすぐに承認してくれて、私は28歳の頃に地元へ戻り、家業を継ぐという大きな決断を下しました。

取材担当者(高橋)の感想

井上社長は、大学卒業後すぐに家業に入るのではなく、好きなスポーツのインストラクターとして東京で自由にキャリアを築かれていたことに、まず行動力を感じました。家業のピンチと自身の転職タイミングが重なったときに「戻るべきだ」という直感を感じ、即座に行動に移された決断力は、就活生が自身のキャリアを考える上でも重要だと感じます。自分の人生の岐路に立った際、論理だけではなく、自らの直感を信じる勇気を持つこと、そして行動力が次の道を開くのだと学びになりました。

取材担当者(高橋)の感想

【ゼロからの現場修行と価値の見出し方——やらされ仕事からやりがいのある仕事へ】

地元に戻ってからは、父のもとでゼロからのスタートでした。弊社は帯を作っているメーカー、つまり工場なので、まずは工場の現場を知る必要があるということで、3年間は現場作業に就きました。具体的には、帯を作るための糸を結んだり、糸と糸を合わせたり、帯ができるまでの工程をひたすら作業する日々でした。

前職は常に体を動かすインストラクターでしたから、まったくの畑違いで、急に細かい作業を行うような「仕事らしい仕事」になったことは、正直ストレスでした。今までの人生で常に体を動かすことが仕事であり、自分にとって当たり前でテンションが上がることだったからです。当初は「やらなきゃいけない」という義務感で続けていましたが、親がやっている会社を手伝うと決めたからには、ひたすらやり通しました。

現場で数年ほど経った頃、「やらなきゃいけない」という気持ちだけで仕事をしていても、この先何十年も続くわけがないと感じ始めました。私は今まで好きなことだけをやってきたタイプなので、いきなり義務感だけでやる仕事になったことにずっと違和感を覚えていました。せっかくやるなら楽しく、やりがいを見つけたいと考えました。

そのために、経営者のセミナーに参加したり、異業種交流会へ行ったりと、貪欲に視野を広げる努力を始めました。その中で強く感じたのが、メーカーとして卸しが中心だったため、「消費者の顔が見えない」という違和感でした。糸染めから職人さんたちが手作業で様々な工程を経て帯を作っているのに、帯が最終的に誰が締めているのかが分からないのは寂しいと感じたのです。お客様に喜んでもらえる様子を目の前で見たいと思いました。この「消費者の顔が見えない」という違和感が、私が新たな価値を見出すきっかけとなりました。

取材担当者(高橋)の感想

ンストラクターという畑違いの仕事から、特殊技術が必要な伝統工芸品の製造現場に入り、3年間現場作業に徹した経験は非常に貴重だと感じます。好きなことをしていた状態から、義務感で「やらなきゃいけない」仕事になった時のストレスは想像に難くありません。しかし、その中で諦めず、自らやりがいを追求するために行動を起こした点に、強い意志を感じました。特に、消費者との接点がないという違和感を、新たな価値創造のきっかけにした発想は、若者にとっても「仕事の価値は自分で見出すもの」という大きな学びになります。

取材担当者(高橋)の感想

【伝統産業の新たな可能性——ストーリーを見せる工場】

消費者の顔が見たいという思いから、帯の生地を使った小物類(がま口、名刺入れ、ポーチなど)を作り始めました。帯は高価で気軽に買えるものではありませんが、小物であれば身近に使ってもらえると考えたのです。私はマルシェなどのイベントに自分で出店し、直接販売することで、お客様に喜んでもらえる様子を目の前で見ることができ、それが大きなやりがいにつながりました。博多織の生地を使った小物は珍しいし、身近に感じることもあり、喜ばれることが多かったです。

ただ、小物類の売上は全体の5%にも満たないほど小さなものでした。父からは「そんなことに時間をかけても売上にはならない」と反対されるなど、葛藤もありました。それでも、私はやりがいを感じ次に繋がる取り組みとして続けていました。その後、2023年10月に父が他界して代表に就任してからは、事業の核となる帯の製造を変革していく必要があると感じています。

弊社の強みは、糸の染色から帯ができるまで一貫して製造している点にあります。これまでも工場見学を受け入れてきましたが、工場に来た多くの方が、職人の手作業や工程の多さに感動してくれます。私は、この作る工程(ストーリー)を見せることこそが、付加価値を生むと考えています。最初に商品だけを見て「高い」と感じた人も、どれだけ手間暇かけて作られているかを知れば、「こんなに安いんだ」と感じるようになります。

今後は、この工場自体を、地元の観光地のように人が集まる場所(空間)にしていきたいと考えています。工場見学を通してストーリーを伝え、その後に買い物ができるような「地域のアンテナショップ」の機能も持たせたいです。どうやって作られているかを見せることで、博多織の良さ、ひいては伝統工芸の価値を伝えていきたいと考えています。

取材担当(高橋)の感想

消費者との接点を生み出すために、帯の端切れを使って小物を作り、マルシェなどで直接販売するという行動力は、メーカーの視点を超えた斬新な発想だと感じました。特に、手間暇かけた工程を見せることで「付加価値」を生み出すという考え方は、現代の消費行動において非常に重要です。社長が工場を「人が集まる観光地」にしたいというビジョンは、モノの価値だけでなく、体験や背景を重視する今の若者の価値観にも響くはずです。伝統工芸品だからこそ、その「ストーリー」を丁寧に伝えることで、未来の担い手や消費者を引きつける大きな可能性を秘めていると感じました。
 

取材担当(高橋)の感想

【衰退産業の壁を破る組織変革と未来の人材への期待】

和装業界は現在「衰退産業」と言われており、着物を着る機会が減っていることなどから、需要がどんどん下がっています。同業他社も倒産や廃業が進んでおり、業界全体が縮小傾向にあります。かつて博多織の業者は数百社あったものの今現在は10分の1ほど減っています。需要は増えていませんが、それ以上に作るメーカーが減っている状況なので生き残って付加価値を伝えることさえできればこの伝統産業には十分に可能性があると私は感じています。

しかし、組織体制においては大きな課題に直面しています。現在、従業員28名の約半数が60代以上のベテラン職人さんに支えられており、高齢化が進んでいます。このままでは5年後、10年後には一気に人数が減ってしまう可能性があります。特殊な技術が必要なため、中途採用を積極的におこなっても、定着の難しさを痛感しました。

また、長年続く会社特有の、部署間の孤立も課題です。工程ごとに「自分の仕事しかやらない」という昔ながらの風潮が強く残っていました。例えば、担当の仕事がなくなると帰るという流れもありました。今後は、生産数が減ってくる中で常に機械を動かすことが難しくなるため、部署間の垣根をなくし、全体的な仕事ができる組織に変革していく必要があります。今年から生産体制の変革に着手し、従業員さんに協力を求めながら進めているところです。やり続けることは価値ですが、それプラスで新しいことに挑戦していかないと生き残っていけない時代だと実感しています。

若者に対しては、本当にその感性から学ばせて頂きたいと考えています。私たちが気づけないような、今の時代に合った感性や、トレンドに関する情報量を持っています。今の時代に必要とされる物づくりをしていくには、彼らの新しい視点が必要不可欠です。私は、この会社を「井上さんが作っているから買いたい」と言われるような、魅力的な会社にしたいと強く思っています。会社のある佐賀県から若者が仕事で流出しないよう、地域に貢献し、人が集まる魅力的な企業を目指しています。弊社は、伝統を守りながらも、新しい価値を創造していく意欲のある人材を求めています。

取材担当(高橋)の感想

和装業界が「衰退産業」と言われる現状に直面しながらも、「可能性はめちゃくちゃある」と断言される井上社長の姿勢に、未来への強い希望を感じました。特に、従業員の高齢化や昔ながらの組織風土といった課題に対し、真正面から向き合い、組織全体を変革しようとしている点は、学生にとって、会社が単に「安定した場所」ではなく「自ら変えていける場所」であることを示唆しています。社長が若者に対し、彼らの感性から学びたいと心から期待を寄せていることは、まさに新しい挑戦をしたい就活生にとって最高の環境だと感じました。地域貢献とブランディングを両立させ、未来を創ろうとするその情熱は、日本の伝統文化を次世代へつなぐための重要なエンジンになると確信しました。

取材担当(高橋)の感想