
江戸時代から続く温泉宿を継ぐ覚悟
丹泉ホテルは江戸時代から続く老舗温泉宿である。現在の代表・丸森氏は19代目として家業を継いだ。しかし、継承は当初から決まっていたわけではない。父からは「医者を目指せ」と言われていた時期もあった。観光業の厳しさを知る父は、別の道もあるならそれでいいという考えだったのだ。
丸森氏自身も就職氷河期世代として厳しい就職活動を経験した。技術者派遣会社を通じて松下電機に配属され、月に200時間の残業をこなしながらも充実した日々を送っていた。「周りが非常に優秀で若いチームだったので楽しかった」と当時を振り返る。
その後、丸森氏は家業を継ぐ準備として3年半の修業期間を過ごした。都内の老舗旅館でフロント業務から調理補助まで幅広く経験し、特に印象的だったのは常連客との関係構築だった。「名前を覚え、前回の会話を覚え、その方だけの特別な対応をする。それが”また来たい”につながると実感した」と語る。一方で、繁忙期には深夜まで働き、体調を崩しかけたこともあった。この経験が「来れば来るほど居心地がいい宿」という経営理念の原点となり、同時に従業員の働き方を考える視点も育まれた。
取材担当者(石嵜渉)の感想
19代目という重みに最初は驚きました。しかし、丸森さんの口調には気負いがなく、むしろ業界の厳しさを冷静に見つめる視点が印象的でした。継がせたいかと問われれば迷うという率直な言葉に、経営者としてのリアルを感じました。


コロナ禍で変わった観光業の構造
丸森氏が経営者として最も苦しかったのはコロナ禍だった。売上が完全にストップし、国からの支援も結局は借金という方法で重くのしかかった。「お金をもらったわけではなく借金です」という言葉には、観光業界全体が抱える深刻な現実が詰まっている。
赤湯温泉でもここ2〜3年で3〜4件の旅館が廃業した。仲間がどんどん減っていく寂しさを感じながらも、丸森氏は前を向き続けている。コロナ後の需要回復で一時的に同窓会需要が爆発したものの、その反動で現在は再び厳しい状況が続いている。それでも丸森氏は「厳しい時期だからこそ、お客様にとっての”第3の居場所”としての価値を磨くべきだ」と考え、逆境を前向きに捉えている。
取材担当者(石嵜渉)の感想
支援金が借金だったという事実は、ニュースでは伝わりにくい部分でした。廃業していく仲間を見送る経営者の孤独を想像すると、今も営業を続けていること自体がすごいことだと感じました。


ペット同伴宿泊という新たな活路
厳しい環境の中でも成長している分野がある。それがペット同伴での宿泊だ。毎年10〜20%ずつ売上が伸びており、特に東京など都市部の富裕層から支持を集めている。
きっかけは丸森氏が帰郷した頃、たまにペット連れの宿泊客がいたことだった。当時は受け入れていたにもかかわらずホームページには記載がなく、「それはもったいない」と感じた丸森氏が本格的に打ち出し始めた。
具体的には、まずスタッフ全員を集めてペット対応の研修を実施した。犬種ごとの特性や、飼い主の心理を学ぶ勉強会を月1回のペースで半年間続けた。さらに、客室の床材を傷がつきにくい素材に変更し、ペット用アメニティも充実させた。「家族の一員であるペットと一緒に、第3の居場所でくつろいでほしい」という想いが、山形県の温泉宿として普通の旅館でペット同伴を受け入れる先駆けへとつながった。
取材担当者(石嵜渉)の感想
「もったいない」という感覚から新規事業が生まれた話は、就活生にとって大きなヒントになると思います。既存の資源を活かす視点は、どの業界でも求められる力ではないでしょうか。


第2の故郷から「第3の居場所」へ
丸森氏が経営で大切にしているのは「来れば来るほど居心地がいい宿にしたい」という想いだ。故郷に帰ってくつろぐような、第2の故郷として訪れてもらえる場所でありたいと語る。
しかし、その想いを実現するには越えるべき課題が山積していた。山形県は年間1万5000人ペースで人口が減少しており、地元客だけでは経営が成り立たない。インバウンドも東北全体で日本の1〜2%程度しかなく、近隣の蔵王温泉や銀山温泉が埋まらないと赤湯温泉まで観光客が流れてこない構造的な問題がある。
それでも丸森氏は「外部要因に負けないぐらいの魅力を作らないといけない」と前を向く。冬でも関東から選ばれるような宿づくりを目指し、丹泉ホテルを「家でも職場でもない、心が休まる第3の居場所」として確立することが丸森氏の挑戦だ。
取材担当者(石嵜渉)の感想
人口減少やインバウンドの偏りなど、構造的な課題を冷静に分析しながらも諦めない姿勢に心を打たれました。「選ばれる宿」を作るという覚悟が伝わってきました。


若者へのメッセージ:選べる時代を活かせ
丸森氏は若者に向けて「今は本当にやりたいことにつける時代だと思う」と語る。就職氷河期を経験した世代として、求人倍率が高く選択肢が豊富な現代を羨ましく思う部分もあるという。
「最初は居心地が悪い場所でも、長くいると居心地が良くなることがある」という言葉も印象的だった。新しい環境に飛び込む勇気を持ち、そこで自分なりの「第3の居場所」を見つけてほしい。それが丸森氏から就活生へのメッセージだ。
取材担当者(石嵜渉)の感想
選べる時代だからこそ迷う就活生も多いはずです。丸森さんの「居心地は後から生まれる」という言葉は、最初の一歩を踏み出す勇気をくれるものでした。
