株式会社翁屋は、大正7年(1918年)創業、青森県に本社を置く老舗菓子店です。創業以来100余年、青森や東北地方の産品を使い、個性豊かなお菓子作りに取り組んできました。今回は5代目社長・阿部氏に、異業種からの事業承継や経営哲学について伺いました。

美容師から老舗和菓子屋社長へ転身した経緯
私は創業家ではなく、サラリーマンの家庭に生まれました。継承の経緯には、私の父親と翁屋の3代目が幼馴染みだったという背景があります。3代目の娘さんが会社を継がないことになり、3代目が病気になったことをきっかけに、父が4代目社長に就任しました。その流れで、次期後継者として私に声がかかりました。
私自身は高校卒業後、東京で美容師として約16年間働き、仲間と共に独立経営を始めたばかりでした。「夢を叶えた直後」という状況で、当初は「ありえない」という気持ちが正直ありました。
決断の転機となったのは東日本大震災でした。東北が大きな被害を受け、都会の脆さも痛感しました。生まれ故郷に帰って役に立てることがあるなら「しなきゃならない」という気持ちが芽生えたのです。創業100周年というタイミングで、次の100年に繋いでいく使命感もありました。
取材担当者(石嵜渉)の感想
震災を機に故郷の必要性を再認識し、キャリアを投げ打ってでも家業を守るという決断力に感銘を受けます。「誰かの役に立つ」という視点や「人生が面白くなるか」という挑戦心も、道を選ぶ重要な要素になることを学びました。


「監督業」に見る経営哲学
経営者としての役割は「監督業」のようなものだと捉えています。監督は現場でプレイはしませんが、選手(従業員)が良いパフォーマンスをするための環境を整え、人員配置や人材育成を行うのが仕事です。会社は決して一人ではできないので、チームとして動かす必要があります。
経営の喜びは、人材育成や人員配置が成功し、得られた成果をチームの皆で分け合う瞬間にあります。お客様に喜ばれる「いい商品」を作ることが、絶対に負けられない基本です。
弊社のお菓子は手作りのものが多いため、注文が殺到すると製造が追いつかず、品質が落ちるリスクがあります。そのため「量より質」を重視し、一定のクオリティをキープし続けることを大切にしています。良いパフォーマンスには、それに見合った対価を払っていただくという考え方で経営しています。
取材担当者(石嵜渉)の感想
「監督業」という例えは、就活生が会社を選ぶ上で参考になります。その会社の監督がどのようなビジョンを持ち、どのように人を育ててくれるのか。チームとして成果を分かち合う文化を見極めることは重要です。


「魅力ある企業」を目指す採用戦略
青森県全体で、若者が県外に出てUターンのきっかけがなく、人手不足に陥るという課題があります。この地域課題は会社一つで解決できる問題ではなく、行政と民間が一緒になって取り組むべき政策だと認識しています。
企業としてできることは、魅力ある企業でなければならないという使命を果たすことです。一生懸命仕事に情熱を傾け、楽しく仕事し、結果も出している姿を社外に見せることを大切にしています。そうすれば「あのチームに入ってみたい」と感じてくれる人が来てくれるはずです。
実際、弊社の採用は紹介で入ってくる人が多いです。定年後も再雇用制度で働いている方が多く、最高齢で70代の方も現役です。親子二世代で働いているスタッフもおり、地域に根差した風土が人材定着に繋がっています。
取材担当者(石嵜渉)の感想
社会課題を一企業の枠を超えて捉える視点に、経営者としてのスケールを感じました。70代の方も活躍されている事実は、長く安心して働ける環境の証明です。企業が社会課題にどう向き合うか、就活生は注目すべきでしょう。


100年をスタートラインに、次なる200年へ
私は創業100年の節目に社長になりましたが、100年続いた会社は次200年を目指さなければなりません。次の100年を作る仕事を我々はやらなければならないのです。
ただ、現状はまだ「優勝」している感覚ではありません。プロ野球に例えるなら、クライマックスシリーズに行けるかどうか、3位と4位の間ぐらいの感覚です。まだまだ上を目指してチームを磨き続ける必要があります。
京都にはお菓子業界で300年、400年と続く会社があり、100年というのは「新入生」のスタートラインに過ぎません。この謙虚さを忘れず、情熱を持って仕事をし、結果を出し続けることで、次なる100年へとバトンを渡していきたいと考えています。
取材担当者(石嵜渉)の感想
100年の歴史を持ちながら自社を「新入生」と捉える謙虚さが印象的でした。「会社を存続させる」「次の世代に良いバトンを渡す」という本質的な目標は、若い世代のキャリア設計に大きな学びとなります。
