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鞄製造の「砦」として。50歳からの起業と、豊岡の未来を創る経営哲学

2026年01月23日

株式会社タカアキ

鞄製造の「砦」として。50歳からの起業と、豊岡の未来を創る経営哲学

株式会社タカアキは、兵庫県豊岡市に拠点を置く、鞄・財布・ランドセルの製造を一貫して手掛けるバッグメーカーです。企画やデザインから裁断、縫製、そして検品・出荷に至る全ての工程を自社内で行う「一貫生産体制」を最大の強みとしています。

当社は、兵庫県鞄工業組合が定める厳しい基準をクリアした地域ブランド「豊岡鞄」の認定企業でもあります。長年の鞄製造で培った繊細な技術と、各部門の業務プロセスを標準化した効率的なモノづくりを融合させています。顧客満足を超えた「顧客感動」を生み出す組織づくりを目指し、近年では自社ブランドのランドセル事業を立ち上げるなど、伝統ある地場産業を次世代へと繋ぐ挑戦を続けています。

<聞き手=石嵜渉(学生団体GOAT編集部)>


50歳からの起業:1台の借り物のミシンから始まった「遅咲き」の挑戦

私は50歳まで、ごく普通のサラリーマンとして働いていました。若い頃在籍していた会社では、当初はわずか数名だった組織を200人規模にまで成長させる過程を経験しました。しかし、50歳という節目に「もう一度自分の力で同じ道を歩んでみたい」という思いが湧き上がり、運やタイミングも相まって独立を決意しました。

起業した当初は資金が全くなく、鞄を作るためのミシン1台すら買うことができませんでした。ミシン屋さんから「出世払い」で1台のミシンを借りるところから、私の第二の人生はスタートしました。私の強みは、経営者でありながら自分自身でサンプル作成から量産まで、全工程を「1から10まで縫える」ことにあります。独立にあたっては、長年OEM(受託製造)で深い信頼関係を築いてきた大手鞄ブランドの社長(今は会長をやられている)からも、全面的にバックアップをいただくことができました。

50歳という年齢は、世間一般では「遅い」と思われるかもしれませんが、私にとってはこれまでの経験を武器に新しい夢を描き始める最高のタイミングでした。もし皆さんが今、何かに挑戦するのを躊躇しているなら、年齢を理由にする必要はありません。そこから新しい景色が見え始めるのです。

取材担当者(石嵜)の感想

「出世払いでミシンを借りた」というエピソードには、宿南社長のこれまでの誠実な仕事ぶりが凝縮されています。就活生の皆さんは、どうしても「早く成功しなければ」と焦りがちですが、何歳からでも挑戦は可能であり、それまでの誠実な人間関係こそが最大の資産になることを、社長の歩みは示してくれています。

取材担当者(石嵜)の感想

慢心が招いた「教科書通り」の危機。どん底で学んだ真面目さの価値

起業して3年ほどは、面白いように売上が右肩上がりに伸びていきました。そうなると人間、どうしても「鼻が伸びてしまう」ものです。私も例に漏れず、調子に乗って高級な外車を購入するなど、慢心していた時期がありました。すると不思議なことに、それまで順調だった売上が急激に下がり始め、あっという間に赤字に転落してしまいました。

経営が傾き始めると、羽振りが良かった時に周りにいた人々は、驚くほど一瞬で去っていきました。資金繰りも苦しくなり「これはどうすればいいんだ」と絶望に近い状況に追い込まれました。世間では「起業して3年以内に多くが廃業する」と言われますが、私もまさにその教科書通りの危機に直面したのです。しかし、そのどん底の状態こそが、私の本当の経営者としてのスタートラインとなりました。

そこから私を救ってくれたのは、どん底になっても残ってくれた周りの方々の助けと、「真面目にやり直す」という私自身の決意でした。それまで不真面目だった自分を恥じ、一から本を読んで勉強し、人の意見を素直に聞き、行動を入れ替えました。この苦い経験を経て、私はやっと経営者として1人前になれたのだと感じています。成功している時ほど自分を律し、失敗した時にこそ素直に学ぶことの重要性を痛感しました。

取材担当者(石嵜)の感想

成功している時ほど慢心の影が忍び寄り、失敗した時にこそ本物の人間関係が見えるというお話は、非常に重みがあります。「教科書通りの失敗をした」と潔く語る宿南社長の姿勢こそが、その後の回復を支える誠実さの証です。自身の失敗を認め、そこから学びを得る力は、社会人として最も必要なスキルの1つだと言えます。

取材担当者(石嵜)の感想

鞄・財布・ランドセルの「一貫生産」:日本唯一無二の技術力とコロナ禍の転機

当社の最大の強みは、鞄、財布、ランドセルという、本来は別々の業態とされる3つの製品を、すべて自社工場で一貫生産できる点にあります。通常、鞄屋さんは鞄、財布屋さんは財布と専門が分かれますが、これら全て、しかも素材の裁断から出荷まで完結できる会社は日本中を探してもまず他にないと自負しています。

この多角的な生産体制を活かしてスタートしたのが、オリジナルのランドセル事業です。きっかけは2019年のコロナ禍でした。主要取引先の仕事が急減し、工場の稼働が止まりそうになった際、地域のために自分たちができることはないかと考え、市内の学校や保育園に手作りのマスクを寄付しました。その活動が縁となり、大手ランドセルメーカーの元工場長という、素晴らしい技術を持つ方と出会うことができたのです。

私たちのランドセルには、鞄作りで培った「壊れにくい」「長持ちさせる」という哲学が注入されています。単に作るだけでなく、修理の依頼があれば自社工場ですぐに対応し、即座に返すというスピード感を大切にしています。この繊細な技術と、誰にも真似できない「一貫生産」という本物の価値を積み重ねることが、私たちの生き残る道だと考えています。

取材担当者(石嵜)の感想

「マスクの寄付」という利他的な行動が、結果としてランドセル界の巨匠との出会いを生み、新事業の柱に繋がったというエピソードには驚かされました。ビジネスを単なる利益の追求ではなく、「地域に喜ばれること」を起点に考えることで、結果として他社が真似できない強力な競争優位性が築かれているのだと学びました。

取材担当者(石嵜)の感想

「運とタイミング」を掴む条件:素直に行動する若者がチャンスを引き寄せる

経営や人生において最も重要なのは、「運とタイミング」です。しかし、運はただ待っていれば自然に湧いてくるものではありません。我慢強く努力をし、辛抱強くチャンスを待ち、そして何より「素直になって人の意見をすぐ行動に移せるか」で、人生は全く変わってきます。

今の若い方々は非常に選択肢が多く、優秀です。しかし、何かアドバイスを聞いた時に「そうは言っても」とか「でも」と反対方向に振ってしまうと、せっかくのチャンスを逃してしまいます。まずは信用してやってみることです。たとえ失敗してお金を失ったとしても、命まで取られることはありません。素直に聞いて行動を起こし続けると、窮地に陥った時、川上から助けの船が流れてくるような、そんな不思議な経験を必ずします。

また、「やりたいことが見つからない」と悩む必要もありません。私自身、最初から経営者になりたかったわけではなく、置かれた状況で必死にやっていくうちに、今の楽しさに辿り着きました。毎日1センチずつでもいいので、新しいことにチャレンジし、自分自身が変わっていくことを楽しんでください。その小さな積み重ねが、いつかあなただけの「運」を形作るはずです。

取材担当者(石嵜)の感想

「素直さ」と「行動力」という、シンプルながらも最も難しい教えをいただきました。情報が溢れる現代だからこそ、頭で考えすぎる前にまず動いてみる。そのフットワークの軽さが、AI時代においても人間にしか掴めない「運」を引き寄せる唯一の方法なのだと、深く納得しました。

取材担当者(石嵜)の感想

故郷・豊岡への恩返し:地場産業を次世代へ繋ぎ、毎日を笑って過ごす未来

私の夢は、この鞄の聖地・豊岡を、もっと活気ある場所にすることです。豊岡は日本一の鞄生産地を謳っていますが、実態としてはまだまだ地域全体にその恩恵が行き渡っていないと感じる部分もあります。そこで私が思い描いているのは、豊岡市の小学校へ入学する全ての子供たちに、私たちの作ったランドセルをプレゼントできるような仕組みを作ることです。

予算やしがらみなどの壁はありますが、地場産業であるメーカーが協力し合い、例えば1年ごとに交代で学校指定のカバンをデザイン・製造するようなプロジェクトができたら面白いと考えています。地域のみんなで寄ってたかって、地元の産業を盛り上げていくのです。そうすることで、子供たちが地元の技術に誇りを持って育っていく未来を創りたいと考えています。

今の国際情勢は不安定ですが、だからこそ日本で企画し、日本で縫製し、日本で販売するという「内需」を大切にしなければなりません。私たちは、これからもニコニコと毎日笑いながら仕事を続け、1日1センチずつ進化し続けます。今の私は、毎日が本当に楽しいです。若い皆さんも、ぜひ自分のためだけでなく「誰かのため」にという視点を持って、これからの日本を面白くしていってください。

取材担当者(石嵜)の感想

「豊岡の全児童にランドセルを」という夢を語る宿南社長の目は、少年のように輝いていました。自分の会社を大きくするだけでなく、地域全体を一つのチームと捉える視座の高さこそが、これからのリーダーに求められる資質です。情熱と技術が詰まった鞄が、豊岡から世界へ、そして未来へと羽ばたく日が楽しみです。
 

取材担当者(石嵜)の感想