エリッツホールディングスグループは、京都に本社を構え、賃貸マンションの仲介、管理を中心に、不動産販売、分譲マンション管理、リフォーム、引っ越し、海外事業、婚活事業、農業など多角的な事業を展開する総合不動産企業です。2023年には東京証券取引所スタンダード市場への上場を果たし、関西圏における不動産業界のリーディングカンパニーとして確固たる地位を築いています。
今回は、整備士から不動産業界へ転身し、一代で同社を上場企業へと育て上げた槇野常美代表取締役社長に、創業の経緯から組織改革の苦悩、そして就活生への熱いメッセージを伺いました。
<聞き手=東島愛奈(学生団体GOAT編集部)>
【高収入を求めた転身と、26歳での予期せぬ独立】
私はもともと、中学卒業後に1年間の専門学校を経て、自動車の整備士として働いていました。しかし、働き始めてすぐに、周囲の大卒の同期と比べて給料が安いという現実に直面しました。16、17歳の頃でしたが、友人ができても遊ぶお金が十分にない。「自分の手で早くたくさんのお金を稼ぎたい」という思いが強くなり、より高い給料が得られる仕事を探し始めました。当時、給料が高い職業といえば、不動産、金融、パチンコ屋でした。金融業は厳しい取り立てのイメージがあり、パチンコ屋は友人が客として来た時に気まずい。消去法で残ったのが不動産業でした。
しかし、不動産の売買は扱う金額が大きく怖いと感じたため、比較的安価な賃貸仲介や管理を行う会社へ就職を決めました。入社後は懸命に働き、仕事のコツを掴んでいきましたが、20代前半の私は若さゆえの勢いがありすぎて、当時の社長に対して生意気な口を利くこともありました。その結果、会社にいづらくなってしまい、地元の有力者の方から「独立するか転職するかしかない」と諭され、26歳で独立することになったのです。決して「社長になりたい」という高尚な志があったわけではなく、状況に背中を押されてのスタートでした。
創業当初は本当に苦しい日々でした。自分の給料は10万円、ついてきてくれた従業員には16万円を約束していましたが、最初の月は15万円しか払えず、一人一人をトイレに呼んで「1万円待ってくれ」と頭を下げたこともあります。しかし、大手に対抗するために手作りの物件情報誌を作成し、正月に京都市中の書店に配って回ったことが転機となりました。この雑誌が集客の柱となり、会社は急成長の軌道に乗ることができたのです。
取材担当者(東島)の感想
整備士から不動産業界へ、そして26歳での独立という経歴のダイナミックさに驚かされました。特に、独立当初に従業員の方へ給料を払うために頭を下げたというエピソードからは、現在の成功の裏にある泥臭い努力と責任感が伝わってきました。「お金を稼ぎたい」という素直な動機から始まりながらも、逆境を知恵で乗り越えていくバイタリティは、私たち学生が見習うべき「生きる力」そのものだと感じました。

【「アメとムチ」の限界と、ITによる組織の再構築】
創業から10年ほどは、右肩上がりの成長が続きました。当時はバブルに向かうイケイケドンドンの時代で、私も「アメとムチ」の経営を行っていました。売上を上げる社員には高い給料を払い、成績が悪い社員には厳しく指導する。この方法は一時的にうまくいきましたが、次第に弊害が生まれました。完全歩合制に近い給与体系だったため、社員が「個人主義」に走り、良い物件情報を自分の顧客のために隠し持つようになってしまったのです。これでは組織としての成長が止まってしまうと危機感を抱きました。
そこで私は、1990年代後半に大きな改革を決断しました。歩合給を廃止して固定給中心の評価制度に変え、同時に社内のIT化を一気に推し進めたのです。当時はまだWindowsが普及し始めた頃でしたが、基幹システムを導入し、物件情報や顧客情報をデータベース化して全社で共有する仕組みを作りました。
この改革により、個人的な能力や勘に頼っていた仕事が標準化され、パソコン1台あればどこでも店舗が出せるようになりました。その結果、多店舗展開が容易になり、会社は第二次成長期を迎えることができたのです。現在では、AIやDXは特別なものではなく、業務に不可欠なインフラとなっています。目の前の利益を追うだけでなく、組織全体が勝てる仕組みを作ることの重要性を、この改革を通じて痛感しました。
取材担当者(東島)の感想
「アメとムチ」による急成長とその後の組織の歪みに対し、いち早くIT導入で解決を図った先見の明に感銘を受けました。2000年頃からすでに現在のDXにつながる取り組みを完成させていたという事実は、エリッツ様が単なる不動産会社ではなく、テック企業の側面も持っていることを示していると感じます。個人の力に依存せず、仕組みで組織を強くするという考え方は、これから社会に出る私たちが組織を選ぶ際にも重要な視点だと思いました。

【上場を果たした真意と、次世代への事業承継】
私たちは2023年に東証スタンダード市場へ上場しましたが、実は資金調達が目的ではありませんでした。自己資本比率は高く、資金には困っていなかったからです。上場の最大の目的は「信用力の強化」です。関西では知名度があっても、一歩外に出れば無名の会社です。しかし、上場企業という肩書きがあれば、どこに行っても「ちゃんとした会社だ」と信用してもらえます。これは採用活動においても、ライバル企業との差別化においても非常に大きな武器になります。
また、私が創業して40年程が経ち、私を含めた経営陣の世代交代が迫っています。次の世代にバトンを渡す際、個人的な力量に頼るのではなく、上場企業としての盤石な経営基盤と社会的信用を残してあげたいと考えました。上場の審査基準は年々厳しくなっていますが、それをクリアしたことは社員にとっても大きな自信となり、胸を張って働ける環境づくりに繋がったと確信しています。
現在は、後継者の育成が最大の課題です。その一環として、農業事業での研修や、私の秘書として3ヶ月間密着させる研修などを行っています。草刈り一つでも頭を使って効率的に行うことや、私の立ち振る舞いを間近で見て「自分ならどうするか」を常に考えさせることで、経営者としての視座を養ってもらっています。
取材担当者(東島)の感想
「資金調達のためではなく、信用のために上場する」という言葉が非常に印象的でした。創業者が自身の引退後を見据え、次の世代が働きやすい環境を整えるために上場という高いハードルを超えたという事実に、社員の方々への深い愛情を感じます。また、農業や秘書業務を通じたユニークな幹部研修は、単なる座学では学べない「人間力」や「思考力」を鍛える本質的な教育だと感じました。

【学生へのメッセージ:人生の目的を持ち、逆算して生きろ】
今の学生の皆さんに一番伝えたいのは、「自分の人生の目標を早くから持ってほしい」ということです。ただなんとなく大学に行って、卒業して就職するのではなく、「自分は将来どうなりたいのか」「そのために大学で何を学ぶべきか」を真剣に考えてください。
例えば、メジャーリーガーの大谷翔平選手は、小学生の頃から明確な目標を掲げ、そのために必要なことを逆算して努力し続けてきました。彼のように、自分の人生をかけて成し遂げたい目的があれば、勉強も努力も苦ではなくなり、たとえ困難があっても乗り越えられます。
目的のための転職は「卒業」ですが、嫌だから逃げる転職は「中退」です。一度きりの人生、20歳の誕生日は一生に一度しかありません。その貴重な時間を無駄にせず、自分がワクワクするような未来を想像し、そこに向かって本気で努力する姿勢を持ってほしいと思います。もし、明確な目的を持って海外で働きたい、世界で挑戦したいという気概のある学生がいれば、当社は全力で歓迎します。
取材担当者(東島)の感想
「転職は目的があれば卒業だが、逃げれば中退」という言葉が胸に刺さりました。私自身も就職活動をする中で、周りに流されたり、不安になったりすることがありますが、槇野社長の言葉を聞いて、まずは「自分がどう生きたいか」という軸をしっかり持つことの大切さを再確認しました。大谷選手の例のように、大きな夢を描き、その実現のために今の時間を投資するという考え方は、私たちZ世代がこれからの不透明な時代を生き抜くための指針になると強く感じました。
