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5月 9, 2025
伝統を守り、新たな挑戦へ挑む老舗うどん企業の歩み:さぬき麺業株式会社

さぬき麺業株式会社は、香川県を拠点に、代々受け継がれる伝統的なさぬきうどんの製造・販売を手がけている企業です。創業から100年近くの歴史を持ち、手打ちの技術を守りながら、工場での大量生産、多店舗展開、そしてうどん作り体験を通じた観光事業など、食の分野で幅広い事業を展開しています。美味しいうどんを追求し続ける姿勢と、時代の変化を捉えた新しい挑戦について、香川社長にお話を伺いました。
【今までの経緯・背景】
私の祖父が大正15年(昭和元年)に香川県の川岡村でうどん屋を始めました。その後、父が跡を継ぎ、昭和39年に現在の松並町に店を構えました。私は3代目として父の後を継ぎ、社長になってから約25年になります。
幼い頃から家業は身近な存在でした。小学校3年生くらいの頃から、年末年始や祭りなどの忙しい時期には、朝早く起こされてうどんを踏んだり打ったりといった手伝いをしていました。当時は家業を継ぐかどうかや、他に何をしたいかなど深く考えていたわけではありません。ただ眠たい中で、祖父が厳しかったこともあり、言われたことを一生懸命手伝っていました。言われた通りにしないと家に入れてもらえなかったものですから。小学校低学年の小さな頃からうどん作りに携わっていました。
大学卒業時には、東京の商社への就職が決まっていました。ところが、父の代の会社経営は非常に苦しい状況だったのです。特に、足踏み製法が禁止されるかもしれないという騒動があり、父は県外への販路開拓など様々な苦労をしていました。会社が傾き、父が身を引くことも考えていた昭和45年の大阪万博の時、会場にうどん店を出す話が持ち上がりました。会場に常駐する人間が必要になり、就職が決まっていた私に父が「お前、万博に行け」と指示したのです。これが、私が家業を手伝うことになった直接のきっかけです。
◾ 取材担当: 石嵜感想
大学卒業後に内定していた東京の商社ではなく、経営が苦しい状況にあった家業を手伝う決断をされた経緯に、並々ならぬ覚悟と責任感を感じました。特に、お父様から「万博に行け」と言われたことが家業に入る直接のきっかけになったというエピソードは印象的です。当時の大変な状況と、そこから会社を立て直していく力強い歩みが始まったことを知ることができました。
【経営者としての苦労】
私の父は本当に苦労した人生だったと思います。昭和39年頃、さぬきうどんの伝統的な製法である足踏みが禁止されるかもしれないという騒動が起こりました。多くのうどん屋さんが集まって、その問題意識から立ち上がったのが当社の始まりです。しかし、実際には足踏みが禁止にならなかったため、他のうどん屋さんが従来通り営業を続けられたのに対し、当社は前提が崩れて非常に困った状況になりました。資金繰りや給料、仕入れの支払いに窮しました。県外で商売を伸ばそうと、日持ちするうどんの開発にも取り組みましたが、袋が破けたり、味の調整に苦労したりと開発に何年もかかりました。ようやく商品化できても、販路開拓は容易ではなく、なかなか売れませんでした。
父は5〜6年懸命にやっても状況が好転せず、このままでは難しい、県外の屋台でゼロからやり直した方が早いのではないかと考えるほど追いつめられていたようです。そんな中、大阪万博での出店が決まり、これがまさに会社の命運を分けました。お寿司屋さんの一角でうどんを販売したのですが、これが驚くほど売れました。1日に9000食売れる日もあり、わずか6ヶ月間で、それまでの6年分の赤字を全て解消することができたのです。もし万博がなければ、今の当社は存在しなかったでしょう。
一方、私自身は社長になって約25年になりますが、「苦労したこと」と言われても、正直あまり思い浮かばないのです。呑気な性格なのか、特に大きな苦労を感じることなくここまで来られたと思っています。
◾ 取材担当: 石嵜感想
香川社長ご自身はご謙遜されていますが、その裏にはお父様が会社設立から万博での成功に至るまで、想像を絶する苦労を乗り越えてこられた歴史があることを知りました。特に、足踏み禁止問題や日持ちするうどんの開発、販路開拓といった具体的なエピソードから、当時の業界を取り巻く厳しさと、それに立ち向かう経営者の情熱を感じ取ることができました。万博での劇的な成功は、まさに困難を乗り越えた先に掴んだ奇跡であり、そのストーリーに強く心を打たれました。
【事業・業界について】
経営者として私が最も大切にしているのは、やはり「美味しいうどんを作る」ということです。常にお客様に「美味しかったよ」と心から納得し、喜んでいただけるうどんを提供したいと考えています。お客様からその一言をいただけるようなうどんを作ることが目標であり、どうすれば美味しいうどんができるのか、そのことをずっと考え続けています。うどんは小麦粉と水と塩という非常にシンプルな材料でできていますが、だからこそ奥が深いのです。たまに最高に美味しいうどんができても、翌日同じように作れるとは限らない難しさがあります。
私が考える美味しいさぬきうどんの原点は、足踏みをして熟成させ、綿棒で伸ばして包丁で切る、という先人たちが編み出した伝統製法にあります。全国には様々なうどんがありますが、この製法が最も美味しいさぬきうどんを生み出すと信じています。香川県内のほとんどのうどん屋さんがこの製法を守っています。当社の工場では、多い時で1日に4万食から5万食ものうどんを製造していますが、その全てに足踏みを取り入れています。機械で全てを自動化すれば簡単ですが、美味しさを追求するため、早朝から数人がかりで足踏み作業を行っています。これだけ大量生産で全て足踏みをしているうどん屋は全国でも少ないのではないでしょうか。
現在は香川県内に4店舗、東京に1店舗、合計5店舗を運営しています。また、うどんの製造・販売だけでなく、最近は観光業にも力を入れています。海外からのお客様(インバウンド)が増えている状況を踏まえ、うどん作り体験ができる工場を約10年ほど前から少しずつ力を入れて整備してきました。工場見学だけでなく、自分でうどんを作って食べる体験を提供することで、お客様に香川のうどん文化を深く知っていただき、楽しんでいただくことを目指しています。体験工場は修学旅行生などの団体(200名程度収容可能)だけでなく、国内からの観光客や個人旅行(2名から受付)のお客様にも広くご利用いただいています。香川県内の小学校に出向いて、子供たちにうどん作りを教える活動も長年続けており、これは非常に喜ばれています。
◾ 取材担当: 石嵜感想
「美味しいうどんを作る」というぶれない軸を持ちながら、伝統的な足踏み製法を大量生産の工場でも守り続けるというこだわりが素晴らしいと感じました。また、うどん業界という枠にとらわれず、うどん作り体験を核とした観光事業を新しい柱として育てていらっしゃる発想と行動力に感銘を受けました。変化を恐れず新しい分野に挑戦する姿勢は、就職活動をする上で企業選びの重要なポイントになると改めて感じました。
【学生へのメッセージ】
学生の皆さんには、学生時代にできる限りの「色々なこと」を経験しておいてほしいと思います。様々な経験は、どんなことでも必ず将来何かの役に立つはずです。私自身、学生時代にアルバイトなど2、3種類しか経験しませんでしたが、今から振り返ると、もっと色々なことを体験しておけば良かったなと感じています。
今経験していることが、その時点では全く無意味に思えることでも、10年後、20年後には思わぬ形で役に立ったり、価値のあるものに変わったりする可能性は大いにあります。だからこそ、好奇心を持って様々なことに挑戦し、幅広い経験を積むことが大切だと伝えたいです。
私たち企業側から見ても、若い人材は非常に重要です。若い方が入社してくれると、会社全体が明るくなり、活気が出ます。新しい視点や発想をもたらしてくれる新入社員の存在は、会社にとって大きなプラスになります。かつて(30年ほど前)は、毎年多くの大学生が入社してくれ、彼らの多くが将来自分でうどん屋を開きたいという高い意欲を持っていたため、会社も非常に活気に満ちていました。しかし、残念ながらその後は新規採用が途絶え、人手不足に悩む時期が続きました。今年、久しぶりに高校生が1名入社してくれて、社員一同非常に喜んでいます。若い方が入ってくれることは素晴らしいことだと改めて感じています。来年も何とか新入社員を採用できるよう、今から準備を進めているところです。若い人たちにどうすれば当社の魅力が伝わるのか、日々考えています。
◾ 取材担当: 石嵜感想
「色々な経験を積むこと」の大切さについてのお話は、まさに今私たち学生が直面している課題に対する力強いメッセージだと感じました。すぐに結果や役に立つかどうかわからなくても、目の前の機会に臆せず飛び込んでみることの重要性を教えていただきました。また、香川社長が若い人材の力を信じ、会社を活性化させる存在として期待されていることを知り、私たち学生も社会の一員として貢献できる可能性があると勇気づけられました。
【今後の展望】
これからの会社にとって、最も重要になるのは「人材」だと考えています。良い人材に入ってもらい、彼らと共に新しいことに挑戦していきたいという思いが強くあります。具体的にどのような新しいことかはまだ模索中ですが、やはり当社の基盤である飲食の分野で、何か新しい取り組みができればと考えています。
私自身、今年で78歳になりますが、まだまだ新しいことに挑戦したいという気持ちに変わりはありません。事務所の社員たちにも、常に新しいことを考えていこうと伝えています。
そして、来年は祖父が創業してからちょうど100周年を迎えます。これは私たちにとって非常に大きな節目です。この100周年を機に、何か新しいことを始めるには良いタイミングではないかと考えています。人材を育成し、新しいアイデアを取り入れながら、次の時代に向けた一歩を踏み出していきたいと思っています。
◾ 取材担当: 石嵜感想
78歳になられてもなお「新しいことに挑戦したい」という強い向上心と、今後の会社の成長を「人材」に託すというお考えに感銘を受けました。創業100周年という大きな節目を迎えられる貴社が、若い力を取り入れながらどのように変化し、食の分野でどのような新しい価値を創造していくのか、これからの展望に大きな期待と希望を感じました。今回の貴重なお話を通して、私も将来、世の中に貢献できるような人間になりたいという気持ちがより一層強くなりました。